▼「競馬新聞はファンのために存在するものではない」
そう言われたら、あなたはどう思うだろうか? しかしこれは紛れもない事実。競馬新聞は、実は関係者のために存在するものなのである。
まず競馬のレースは主催者の意向で「出走する馬は全て、勝つことを目指さなくてはならない」という建て前がある。もちろん、これは関係者による八百長を防止するためのものだ。しかし全てのレースをメイチに仕上げては故障のリスクを伴うし、太めの馬体を絞るためだけにレースを使うこともある。そのため、関係者にとっては必然的に「負けるために出走する」レースができあがる、というわけだ。
とはいえ主催者の主張する建て前がある以上、マスコミにも「今回は出走するだけ。馬券にはならない」と、ストレートに発言はできるわけがない。
では、たとえばそれをマスコミが独自に感じ取り、勝手に記事にしたとしよう。そうなれば、「ふざけるな!オレの大事な馬をなんだと思ってるんだ!!!」と、馬主の怒りを買うのは関係者自身。つまり馬主の心象が悪くなることを恐れる関係者は、絶対に本音を記事にさせようとはせず、曖昧な発言しかできなくなっている。それが、今の競馬関係者の実状だ。
さらに競馬新聞は、同じレースに出走するライバル関係者へのけん制の役目も果たす。勝負にならない馬でも意識的に強気なコメントを出して、少しでも他馬が有利になることを避けるためである。
他では、ハナを切らないと力を出せない馬に対して「逃げる!」と宣言しておけば競り掛けられずに済む、といった具合。つまり関係者同士も競馬新聞を読み、お互いに腹のさぐり合いをして少しでも自分の馬に有利に働くよう、競馬新聞=マスコミを上手く利用しているのである。特にマスコミへの露出が多いリーディング上位の厩舎ほどその傾向が強いため、よりよい成績を残せる。ファンが曖昧なコメントしか目にできないのもそのためだ。
こんなもので馬券を買わされるのだから、ファンはたまったものではない。下の「札幌記念」の比較を見てほしい。競馬新聞のコメントと、関係者の本音はかくも違うものなのだ。
▼ 曖昧なコメントでは 的中馬券は獲れない!!!
関係者のコメントが強気ならば人気が上がる。弱気ならば人気が下がる。ファンが競馬新聞のコメントや印でしか、馬を判断できないから当然と言うべきか。だが、そのコメントがいかにアテにできないものか、あなたは気づいているだろうか?
特に、馬インフルエンザにより延期となった札幌記念の「一般マスコミ情報」はひどかった。下記の例を見ても分かるように、マツリダゴッホとサイレントプライドの同厩舎2頭が人気を集め、逆にGI馬にも関わらずフサイチパンドラは5番人気に甘んじた。しかし勝ったのはそのフサイチパンドラ。あなたが事前に当社の情報を聴いていれば、馬連20390円の高配当も的中できたのだ。





















